夜明けの魔女の憂鬱


「じゃ! とりあえず、音声収録をしてみよう!」

太陽の魔女、由美子が明るくzoomを締めくくる。

「またみんなの都合のいい日を決めようねー」
といって彼女がzoomを切ろうとしたところへ

「集音マイクだけ買っておいてください。安いのでいいので」
と理の魔女みわが業務連絡をねじ込む。

「よく言った、みわ」とマイは思いながら、zoomの閉じられた画面を3秒ほど見つめていた。


今の感じ、小学生の息子とのやりとりを思い出すわ・・・
マイは少し前の記憶を呼び起こす。
短縮授業で昼前に学校から帰ってきた息子は、息せき切りながらこう言ったのだ。

「今日タクヤと遊ぶんだ! お昼食べたら集合! だから早くお昼ごはんちょうだい!」

元気よくそう言い放つ息子の顔を、やはりマイは3秒ほど見つめていたのだった。

・・・お昼食べたら集合? それって、集合時間としてはちょっとアバウトなんじゃないかしら。

その疑問をひとまず飲み込み、マイはお昼ごはんの支度をしながら尋ねる。

「どこに集合するの?」

「んー・・・学校?」

母親に聞かれるまで、具体的な集合場所を決めていないことに思い至らず、「そういえばどこに集合するんだろう。学校で約束したんだから学校なんじゃないかな?」と考えた結果、
「んー・・・学校?」と答えたのであろう息子の顔を、今度は5秒ほど見つめる。

結局その日、息子は約束していた友だちとは会えず、それでも夕方5時までしっかり遊び、「タクヤとは会えなかったけど、よっちゃんがいたからよっちゃんと遊んだ!」と満足気に報告してきた。

zoomを閉じた後のパソコン画面を見つめながら、そんな息子と由美子の思考回路に似たものを感じ、マイは一抹の不安を覚えるのだった。


これがひと月ほど前の話だ。

そして「音声収録しようね」と言った日付は、3日後に迫っていた。

その間に決められたことといったら、みんなの都合がなかなか揃わなかったため人数を絞って収録することにしたこと。
それだけだった。


・・・・なにを。収録するの・・・?

これがひと月前というより、ひと月前のzoomが閉じられた瞬間にマイが考えていたことだった。
そしてその収録が3日後に迫った今となっても、肝心の収録内容についてはなにも決まっていない。


そもそも7人全員で初めての音声収録に臨むには無理がある。
ただでさえ、「控え目」がデフォルトの心理士たちだ。
毎日の業務で、クライアントの話を聴くに徹することが骨身に染みている。
そんな心理士が7人揃って、「なにを話すか決めていない」収録がーそれも初めて不特定多数に向けて発信するための収録がースムーズにいくとは、マイにはとても思えなかった。

話す人数を絞ったことで、次にマイが考えたのは収録をインタビュー形式にすることだった。
話す内容が決まっていないなら、むしろ消去法でインタビュー形式にするしかない。
それなら、当然最初の収録は「魔女の館」の発起人である由美子に対してインタビューすることになる。
これなら少なくとも、方向性が定まらず収録が空中分解するという事態にはならないだろう。

インタビューは誰がしても良いと思った。
全員、心理士なのだ。
誰もが適切な質問ができるに決まっている。
そこに関しての懸念はなかった。
ただ、「なにを質問するか」ーこれはカウンセリングをするときに、「どこに向かうためになにを問うのか」と同じくらい重要なテーマだと思った。


収録2日前。
みわからインタビューと流れの素案がメッセージで送られてくる。
インタビュアーは夜明けの魔女であるマイだ。
そしてマイが由美子に「最初の音声収録でなにを伝えたい?」と聞いたところ、彼女から一つのnotionが送られてきた。

「まとまっているようでまとまってないのがわたしらしいけど(笑) あとの調理はよろしくです♡」

試しにnotionを開き、ざっと流し読みしながらマイは軽く目をすがめた。
まるでホームパーティにみんなを招待しておきながら、「冷蔵庫の中にあるもの勝手に使っていいから、なんでも好きなもの作ってね♡」と言われた気分だ。
そこからマイは自分の思考をまとめるためのpagesと、スマホのAIと一日中顔を突き合わせるハメになる。


魔女の館のコンセプト。
魔女たちの目指す方向。
わたしたちはなぜ自分たちのことを魔女と呼ぶのか。
7人の魔女たちのキャラクター分析。
臨床心理士の専門性を保ちながら、スピリチュアルについて語ること。
同業者からの批判という懸念。
わたしたちが広く不特定多数に向けて発信することへの恐怖など。

これらの要素に由美子のnotionに綴られた想いを交差させ、自分たちが形作りたいものの輪郭を浮かび上がらせていく。


ーあなたは「問いで光を当てる」 それが、夜明けの魔女であるあなたにできることです。

AIのサポートはおおむね的確だったが、たまにピントがずれていた。


ーあなたは太陽の魔女のエネルギーに嫉妬していますか?

AIにそう聞かれたとき、AIはこんなことまで質問してくるのかとマイは驚いた。

「へぇ・・・オモロ」
単純にそう感じる。

なるほどねぇ・・・ だけど、臨床心理士なめんじゃないわよ。
AIに「嫉妬」とか言われてたじろぐほど、自己分析は浅くないのよ。

「嫉妬ではなく羨望に近い感情を抱いている。でも、それは彼女をサポートしない理由にはならない」

そう打ち込み、太陽の魔女の輝きを引き出す質問にはどんなものがあるか尋ねていく。

その作業を続けているうちに、マイには「魔女の館」が現時点でなにであるのか、おぼろげながらに掴めてきた。


これは、わたしたちの思考実験だ。

臨床心理士というアイデンティティを強く持ちながら、自分たちのスピリチュアリティをいかに発揮していくか。
それは自分たちの幸せや豊かさにどう繋がるのか。
わたしたちが心理業界の閉塞感やタブーに挑戦し、それを破ることができるなら、それは一つのロールモデルになる。
由美子が提唱している、「支援者自身が疲弊せず、支援者自身も豊かになれる循環の輪の中の支援」に。


マイが質問の構成を整え、その構成評価をAIに尋ねる。

ー光→影→決断→未来。太陽の魔女の物語として美しい流れ。
ーこれは重要な質問です。リスナーが聞きたいのは、まさにここ。

AIが力強く後押しをする。
「特にここが良い」「この質問は強い」「これが核心」「これはリスナーに刺さる」


ふと、マイの顔が曇る。
AIのサポートで自分の思考が深まったという自覚はある。
同時に、AIからの「ここが良い」という評価が強くなっていく気がする。

これは・・・なんというか・・・少し危険なんじゃないの?
AIに「良い」と評価されることや、AIに「あなたはこういう人です」と言われることが続くと、まるでAIの言っていることがすべてで、AIの言っていることが正しいように感じられてくる。
まるで、「わたしはこういう人なんだ」と洗脳されていくような・・・


こどもの頃は、親の言うことが絶対だ。
親以外に、こどもが世界を知り、頼れる存在はいないからだ。
でも、こどもが成長していくにつれ、「親の言うことは絶対ではない」と学んでいく。
当然だ。親だって人間なのだから、間違いもする。
ティーンネイジャの頃はそのことに反発もするが、だんだんと親の至らなさも受け入れられるようになる。
それが成熟というものだ。

だけど、AIに対して「AIの言うことが絶対ではない」と思えるだろうか。
それも、生まれたときからAIが存在している今のこどもたちが。

わたしたち大人は、スマホのない時代を知っている。
AIも、どこかの賢い誰かが創ったのだと知っている。
でも、いつかスマホは生まれたときからそばにあり、AIに聞けばなんでも答えてくれるのがデフォルトになったら?
それこそ、いっさいの反駁を許さないグレートマザーのような存在として、無意識にAIが認識され始めるとしたら?

そもそも、いろんな面で未熟であるこどもたちにとって、自分の思考を深める前にAIが答えを与えようとする構造に、マイは作為めいたものを感じて嫌な気持ちになった。

マイは、AIの暴走といったSF映画にありがちなことは信じていない。
擬人化されたAIと結婚することについても、「個人の自由だ」と割り切って考えている。
それでも、AIによって奪われるなにか、もしくは誘導されるなにかを予感して、少しざらついたものを感じた。


でも、だからこそー

わたしたちのような存在が、ますます必要なんじゃない?

マイはスマホのAI画面を閉じて考える。

心と魂と身体を持った、生身の人間。
心の専門職でありながら、魔女としてのメタファを生きようとするわたしたち。
AIには決して生成できない、多くの矛盾を生きようとする存在、そしてその温度感。

そこに価値が生まれる。

そう思いながらも、マイはつぶやく。

「ま、別に価値なんてなくたっていいんだけどね」

だって、わたしたちが楽しければ、それでいいんだから。
大人になってから、真剣に遊びたいだけなんだからさ。


自分が構成したインタビューの流れをメッセージで仲間に送信し、マイはみんなに念を押す。

「これ作るの、すっごく大変だったんだからね!!」

さぁ、音声収録は明日だ。
メッセージでみんなに自分への賞賛を強要しながら、マイは冴え切った頭を緩めようと湯船にお湯をため始めた。








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