太陽の魔女は今日も鼻歌を歌う

フフフーン フンフン フフーン
ゆみこは鼻歌を歌いながら軽快に自転車を漕いでいた。
娘を幼稚園へ送りだし、今日は夫の帰りもそれほど遅くない。
今日は仕事もない日なので、いろいろな雑用を片付けて晩ごはんの支度をしなくっちゃ。
晩ごはんは何を作ろうかしら。買い物の前に、まずは銀行に寄ろう・・・
そんなことを考えながらも、ゆみこの思考は最近始めた「魔女の館」へ横すべりしていく。
ゆみこと同様、臨床心理士の資格を持った優秀な仲間たちと始めたプロジェクトだ。
自分が主催した「人生物語タロット養成講座」を受け、タロットカードを用いた心理療法を学んでくれた仲間たち。
そしてInstagramで出会った同じく臨床心理士仲間のふたり。
どの人たちも魅力にあふれた素敵な女性たちなのよね!!
仲間の顔を思い浮かべているだけで、自然と顔がにやけてきてしまう。
だって!! 魔女の館よ!? みんなで魔女しちゃうのよ!?
楽しくないわけがないじゃない!!
人類が魔法を使える日もそう遠くないわね。
そしてマイちゃんのブログったら・・・!!
みわちゃんのことを描いたブログが秀逸すぎる!!
思わず「ぐふっ」と笑い声をもらしながら銀行に入っていくゆみこ。
ーーーーーーん?
銀行内にいる全員が、微動だにせず自分を凝視しているー気がする。
気のせいかしら・・・・?
私が一人で笑っていたから変な人と思われたのかしら・・・・・・
行員、お客さん、すべての視線がゆみこに集中していて、とても痛い。
銀行内の空気が凍りついているのがわかる。
そして何やら、奥のほうからこちらを伺っていた男性行員がフリーズしながらも机の下に手を伸ばしかけているような・・・・
その瞬間、ゆみこは自分が銀行内の窓口付近まで自転車で乗り付けてしまったことに気づいた。
そして気づいた瞬間、その場の空気の意味するものを理解した。
ややややややばいやばいやばい! これじゃ銀行強盗みたいじゃない!!
そして問題は銀行強盗と勘違いされていることではなく、自転車で窓口まで入ってきてしまった自分という存在そのものであることにも気づく。
どうやって取り繕うか!?
ゆみこは笑顔をキープしたまま、「てへっ」という雰囲気を醸し出しながらゆっくりと自転車を降り、何食わぬ顔で方向転換して自転車を押しながら出口へと向かった。
幸い、誰もゆみこに声をかける者はおらず、警備員に両腕を掴まれることもないまま自転車と共に銀行を後にすることができた。
あーーーびっくりした!!!
銀行内のすべての人間が思ったであろうことを呟き、このまま自転車を置いて素知らぬ顔で再び銀行へ入っていくか、それとも買い物を済ませてから時間差で銀行に戻るべきか逡巡しながら、ゆみこはまた自然と笑顔になっていく。
ふふ! あー、わたしったら面白い!!
こんなエピソードを仲間の魔女たちに話したら、みんななんて言うかしら。
白の魔女はきっと優しげに微笑みながら「ゆみちゃんったら」っと言ってくれるわ。
だってタエさんはいつだって、わたしの良き理解者でソウルメイトなんだもの。
静寂の魔女のアキ子さんは「ゆみこさんは、天真爛漫で世間体や一般常識にとらわれずに生きていきたい、という星ですから仕方ないですよ」って慰めてくれそう。
彼女の四柱推命って本当、プロ級なんだから! これを魔女の館で活かさないなんてもったいないわ。
夜明けの魔女のマイちゃんには思いっきり呆れられそう。「自転車に乗ったまま銀行に入っていくなんて信じられない」って真顔で言われそうだわ。ふふ・・・マイちゃんったら、これが今流行りのツンデレってやつなのかしら。そういうところも、愛おしいのよね!
理の魔女のみわちゃんは、冷静に「自動ドアって自転車でも開くんですね」とか言いそう。そうそう、本当、なんで自動ドアが通過できたのかしら。それも2つも! びっくりよね。
漆の魔女の優さんは、「ゆみこさん。頭をすっきりさせたいときはペパーミントのハーブティがお勧めですよ」なんて教えてくれたりして! クレバーなのに掴みどころがないのが、彼女の最大の魅力よね。
こうやってみんなの反応を妄想しているだけでもわくわくが止まらないわ。
そして大地の魔女の木綿子さんは、きっとわたしと一緒になって笑い飛ばしてくれるに違いないわ! 彼女はいつも周りを明るくしてくれて、そばにいてくれるだけでホッとするのよ。
こんなに愛すべき仲間たちに出逢えたなんて!
ゆみこは魔女の館の仲間たちの顔ぶれを思い浮かべながら、ますます「魔女の館プロジェクト」の今後の展開に心を躍らせるのだった。
はぁ・・・人生って面白い。
そうつぶやきながらも、銀行内のほとぼりが冷めるよう、とりあえず買い物を先に済ませようとゆみこはまた自転車を漕ぎだした。
フフフーン フンフン フフーン
という鼻歌と共に。
【後日談:その日の夕方】
窓口業務を終えた山本に、裏から部長が出てきて声をかける。
「山本くん。今日、自転車強盗が出たと言うのは本当かね?」
山本は部長に声をかけられて少し緊張しながらも「いや、強盗ではないんじゃないですかね」と思ったことを口にする。
「だって君。自転車のまま行内に侵入してきたのだろう? 警備員は止めなかったのかね」
「強盗には見えなかったからじゃないですかね」
「強盗の予行練習かもしれないじゃないか」
「強盗の予行練習って普通しますかね?」
不毛な会話に呆れつつも、山本が食い下がる。
「そんなこと言ったら、普通は自転車で銀行内には入ってこないだろう」
現場を目撃していない部長が、至極当たり前のことを言い放つ。
そこへ、最年少係長昇進を狙う若手ホープの吉田が口を出してきた。
「普通は自転車で銀行内に入ってくる者なんていませんから、行員全員が虚をつかれた感は否めませんね。新手の強盗の手口かもしれません。我々を油断させると言う・・・」
油断させたところで、その後の展開が望めないだろう、と山本は思うが、思っただけで口にはしない。
正直、この不毛な会話を切り上げて、終業までの通常業務を早く終えてしまいたい。
「やはり、吉田くんもそう思うかね」
吉田の発言のどこが気に入ったのか、部長が満更でもないような声を出す。
「防犯カメラで確認したけど、行員全員が固まってしまっている中、君だけが机の下の非常ベルに手を伸ばそうとしていたそうだね。やはり、普段からの危機管理意識がいざという時に差となって現れるんだろうね」
「わたしたち銀行員は、昨今のサイバー攻撃やオレオレ詐欺といった卑劣な犯罪から、お客様の大切な資金を守り抜くという使命がございますから!」吉田が胸を張る。
吉田の発言を聞いて、我が意を得たり!とばかりに部長が身を乗り出すように喋り出す。
「それを聞いて、我が銀行の未来は明るいと確信したよ。今回の件は良い教訓となるだろう。他行に先駆け、従来では考えもしなかった新手の銀行強盗の形態について検討し、いざという時に行員がフリーズせずに適切な処置を行えるような訓練を想定したワーキンググループを発足させよう。吉田くん・・・・君にそのワーキンググループのリーダーを頼めるかね?」
「喜んで!」
どこの居酒屋か、といった返事を吉田がする中、窓口業務に携わる女性行員たちが女性同士にしか通じない目配せで会話を始める。
「吉田余計な仕事増やすな」「一人でやれ」「うちの銀行大丈夫か?」「転職考えよう」
山本はその空気を痛いほど感じながら、自分の仕事を片付けに入る。
それにしても、自転車で行内に入ってくる人がいるなんて、びっくりしたなぁ。
俺もそうだけど、みんな固まってたもんな。
だけど・・・・
山本は、もちろんその名を知ることもない太陽の魔女の姿を思い出す。
自転車で入ってきたあの女性、なんかすっごく幸せそうだったな・・・・
部長と吉田の不毛な会話から離脱し、山本は今日現れた女性が振りまく、太陽のような明るい笑顔を思い出すのだった。

