カウンセリングの道のり


カウンセリングとは何か?と問われたら
「クライアントの人生のある時期に
クライアントの精神的な支えとなるもの」
と説明できるでしょう。


「クライアントの人間としての成長を促し
自己変容をうながすもの」
とも言えると思います。



上記のようなカウンセリングは
すべてのクライアントにとって必要なわけでもなく

すべてのクライアントがそうしたカウンセリングを
受ける必要もないと思います。


もっと現実に即したアドバイスを行うカウンセリングもあるわけですから。


そうでなければカウンセリングとはあまりにも果てしない道であり
「終わりのない道のり」になってしまいます。



フロイトの時代から精神療法とは終わりのない道のりであり
精神分析の祖フロイトにいたっては


「私の精神分析は幸せになるためのものではない。
真実を知るためのものだ。
真実を知ることによって不幸になることはある」

とまで言っています。


それくらい、精神療法(特に精神分析)は
厳しい道のりを歩いていくことなのだと思います。



そもそもカウンセリングのみで
統合失調症のクライアントを治すことはできません。


クライアントが統合失調症かどうかも分からず
ただ何となくカウンセリングをしているとしたら
それは素人考えであり、危険な行為でさえあります。


統合失調症のクライアントの症状をとることは薬物治療で行うことであり
カウンセラーにできることはその人を精神的に支えていくことだけです。


そして、この「精神的に支える」ということが非常に重要なのだと思います。



例えば子どもにしがみついていないと
情緒不安定になってしまう母親がいたとします。


子どもにしがみついていないと自分が大変になってしまうので
藁にもすがる思いで子どもにすがろうとします。


当然、子どもはその重さに耐えられません。
何らかの症状を出すことになります。


カウンセラーはこのとき母親の子離れ
子からの自立を促しながら
子どもなしでは生きられなかった母親の精神面を支えます。


そうして徐々に母親が子どもから離れられるようになり
カウンセラーが母親を支えながら
その母が本来の役割である子どもを支える
ということができるようになっていくのです。



けれどもこの時、今度は母親がカウンセラーなしでは
生きていけないようになってはいけません。


クライアントがべったりカウンセラーに依存してしまうようなカウンセリングは
良いカウンセリングではありません。


そうではなく、母親が「カウンセラーなしでも生きていける」
と思えるように進んでいくのがカウンセリングの本来の役割であり

母親が「カウンセラーなしで生きていこう」と思ったときが
カウンセリングの終結時期になります。



これはカウンセラーではなくクライアントである母親が決めることであり

そういう意味ではすべてのクライアントが責任を持って自分の人生を生きていく
「生きるに値する人生を生きる」ようにすることが
カウンセラーの使命だとも思います。