薬で人は治らない

私の恩師、H先生の薬についてのスタンスについて話そうと思います。
H先生、昔は患者さんに投薬する前に
その薬を服用するとどんな感じなのか実際に薬を飲んでみて試す
という剛の者でして。
統合失調症の患者さんに処方するお薬をご自身で飲んでみたときは
もう体が重くて重くて動かなかったとか。
それで私に言ったことが
「お前な、あの薬をあれだけ飲んで動けるんだから
患者はやっぱり普通の状態じゃないんだな」
でした。
いや先生、あなたも普通じゃないけどね。
そしてスタッフが調子悪くなり
「薬ください」と訴えてきたときは
複数の薬をバラバラって出して
「好きなの飲め」って言い出す始末。
先生、駄菓子屋のラムネじゃないんだから…
でも、H先生が退職される日の少し前。
私はずっとH先生の陪席をさせていただいていたのですが
その日の診察が終わったあと
H先生が言ったことばが忘れられません。
先生は私に、こう言いました。
「おれはな、この仕事を50年以上やってきて
ただの一人の患者も治せなかった。
いいか? ただの一人もだぞ。
誰ひとり、薬で治った患者はいなかった」
そして本当に真剣な目をして言うのです。
「おれは天才だから、それに気づいた。
薬じゃ人は治せない。
でも医者はみんなバカだから薬を出しておれが治してるって思ってる。
でも、おれは一人の患者も治せなかった。これがおれの誇りだ」
このことばの重みを、臨床していてどれほど感じたことでしょう。
開業してから最後の最後まで臨床医だったH先生が
最後にこんなことばを残すことの重みを
私は胸に刻んでいきたいと思います。